2006年3月23日 (木)

信仰って? ――「炎のランナー」より

「炎のランナー」 ’81年英
原題:Chariots Of Fire
製作:デビット・パットナム
監督:ヒュー・ハドソン

あらすじ
第1次大戦後の1924年、パリ・オリンピックにイギリスの代表で出場した2人のランナーがいた。一人は学生のハロルド・エイブラハム。ユダヤ人の彼は、民族的な偏見を持つすべての人を自分の前に跪かせるために走ろうとする。
もう一人は宣教師のエリック・リデル。オリンピックに出るために伝道を一時中断し、神の御業を称えるために走ろうとトレーニングに励むが、予選が安息の日曜日だということを知って・・・・。

自分の信念を貫いて走った2人のランナーが得ようとしたものは何か、そして実際得たものは何かを、実話を基に描いている。

【以下、ネタばれ注意】 内容を詳細に記述している箇所があります。まだご覧になっていない方はご注意ください。

 僕の行っている教会に、エリックに似ている人がいる。日本人なんだけど,背格好とか顔かたちが何となく似ている。それより何より,敬虔さがにじみ出ているところがとっても似ている。あるときその人に「似てますよね。」と言ったら,「ほんとにそうなら、いいけどね。」と微笑んだ。それがまた、冒頭のスコットランドでのシーン,牛が鳴いたときのエリックの笑顔に似ていた。

 「クリスチャンは映画なんか見ちゃいけない」なんて言う人がいるかどうか知らないが,そんな人がいたらまず観て欲しい作品だ。これを観て感激して教会に来てくれた人もいるし、牧師をしている妻の父親は興奮して「アズ・イーグル!」とか言いながらエリックの説教の物真似をしていたという。これは何だろうと考えて、「信仰者の強さ」なんじゃないかと思った。

 エリックにオリンピック出場を促すセリフがいい。「ジャガイモの皮でも完璧にむけば主を賛美することになる。神の御技を称えるために走れ。」

 素晴らしく速いその足を、自分の栄誉、国家の栄誉のためでなくて、神から与えられた賜物として、神を称えるために走ろうとする。日曜日は神の定めた安息日だからレースはしない、というのが彼の信念だった。そこにきて「予選は日曜日」の報。彼は当然悩むけど、結局走らないと決心する。すごい。伝道活動も中断してこのオリンピックのためにトレーニングしてきたんだ、走ればいいじゃないか、いや走るべきだ、と普通は思う。日曜日だからって走らないんじゃ、何のために今までがんばってきたかわからない。でも、大事なのはそこだった。「何のために」。国の期待を代表するかのような皇太子の「走ってくれ」という言葉に対して、毅然として信仰を表明するエリック。神への信仰を持つ、ということは精神的に弱いことのように思われがちだけど、これを観てたら弱いどころか、強さそのものだ。

 「え、クリスチャンって日曜日に走っちゃいけないの」と驚かれそうなので説明すると,クリスチャンが日曜日に走っちゃいけないわけではない。ただ、ある時代や社会風土の中で,その人の中に「これをすることは神様が喜ばれない」という思いができあがることがある。酒や煙草をやらないというのもその一つだろうし、あくまで個人的な思いのこともあるだろう。そういう「どこで線を引くか」というのはあまり決定的なものではない。その人、その場所、その時代で違ってくることが多いし、それで構わない。大切のは、その人が神様との関係の中に生きているということ、「神様が一番!」って思っていることなのだ。神様に喜ばれるように生きたいとその人が思っているということなのだ。エリックは、日曜日にレースをすることは神が喜ばれないと信じていた。そして、その信仰を誰にも侵させなかった。相手がたとえ未来の国王といえども。なぜか。神の罰を恐れていたから? 違う。神を心から愛していたから。走ることが神を愛しているゆえの行動なら,それと同じように、走らないことも神を愛しているからなのだ。愛には犠牲が伴うが、何よりまず彼を愛してイエス・キリストという犠牲を先に払ってくれたのは,神のほうだった。それが信仰の「そもそも」なのだ。

 エリックは別の日のレースに出て優勝する。いや、仮に日曜日のレースに出ていたとしても、優勝はしたかもしれない。でも、それはあくまで「優勝した」ということでしかなかっただろう。そうではなく、彼は愛する神の「栄光を称え」たかったのだ。彼の勝利が周囲の人に何を感じさせるか。そして彼自身はその勝利によって何を感じるのか。信仰者エリックにとって、走ることは、勝利という結果それ自体を望むものでは決してなかった。もっと大きな存在が彼の思いの中に脈打っている。それが、この映画で僕が信仰の強さと感じたものだと思う。

 「ウェストミンスター小教理問答集」という、キリスト教の教理のことを問いと答えの形で書いてある本がある。この第一問「人生のおもな目的は何であるか」に対する答えが「人生のおもな目的は、神の栄光を表し、永遠に神を喜ぶことである。」という。ちょっと抽象的で難しい。「神の栄光を表し」って、どうやって表すんだろう。「永遠に神を喜ぶ」って、どういうことなんだろう。それを、このエリックというクリスチャンの行動を通して、一つの例を見ることができるのではないだろうか。そしてそれが、「勝つ」ことにこだわりながら不安と空しさ感じていたユダヤ人のハロルドとの対比で描かれることで,実に説得力を持って迫ってくる。

1994/5/29 OnAir@シネマライト

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